台湾知的財産局(以下、知財局)は、2021年6月9日に特許審査基準における「コンピュータソフトウエア関連発明の審査基準」の改訂が7月1日より有効になると公表した 1。前回の改訂は7年も前のことであり、この7年の間に、人工知能(AI)、ビッグデータ、ブロックチェーンといった新興テクノロジーの開花が見られる。産業の変化に合わせて、発明の保護をより一層拡充させるため、複数回にわたるパブリック・コメントの実施を経て、この度の改訂に至った。そのポイントを以下に挙げる。

一、ソフトウエア関連発明の発明該当性について

ソフトウエア関連発明の発明該当性の判断に関して、従来の審査基準ではあいまいなところが多く、実務上でも判断結果にばらつきが見られ、またこのような予測の難しさがソフトウエア関連発明に対する「狭き門」を印象付ける原因となっていた。また、従来の審査基準では、専利法にある発明の定義との整合性についても疑問が抱かれていた。これに鑑みて、改訂審査基準では、判断手順とステップが明確に示され(下記図1参照)、審査の統一性と予測可能性の向上が図られている。

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上記のように、ソフトウエア関連発明が発明該当性を有するか否かの判断に当たっては、まず、請求の内容が発明の定義に明らかに該当するまたは明らかに該当しないかが判断される。明らかに該当する例として、改訂基準では新たに「機器等に対する制御又は制御に伴う処理を具体的に行うもの」、「対象の技術的性質に基づく情報処理を具体的に行うもの」が挙げられている。一方、明らかに該当しない例としては、請求の内容が単に人為的取決め、数学方法、ビジネスを行う方法等、自然法則を利用したものでない場合や、技術的思想が含まれていない場合等が挙げられている。

このようにまずは請求の内容が発明の定義に明らかに該当するかまたは明らかに該当しないかが判断されるが、いずれでもない場合には、次の判断ステップに入る。即ち、請求の内容が、「ソフトウエアによる 情報処理が、ハードウエア資源を用いて 具体的に実現されている」ものであるか否かを判断する。一般には、請求の内容が、ソフトウエアとハードウエア資源との協働によって、情報処理の目的に応じて、特有の情報処理が実現されているものである場合には、この要件に該当するとされる。

二、進歩性に係る審査基準の明確化

進歩性に係る判断は、特許審査の核心と言える。ソフトウェア関連発明においても、審査体系の一貫性を維持するべく、今回の改訂によって、特許審査基準において2018年7月に既に改訂された一般的基準との整合が図られた。具体的には、「発明が属する技術分野において通常の知識を有する者」の定義や「進歩性の判断ステップ」といった基本的な事項において一般的基準との整合が図られただけでなく、進歩性の判断時に考慮すべき「進歩性が否定される方向に働く要素」及び「進歩性が肯定される方向に働く要素」に関しても、一般的基準と合致するものとなった。

同時に、ソフトウェア関連発明の独自の性質を考慮して、改訂審査基準では、「進歩性が否定される方向に働く要素」の一つとされる「簡単な変更」の判断基準に関して、より一層の拡充が図られた。従来の基準においても、

「他の技術分野への適用」、

「人間が行っている作業方法のシステム化」、

「ハードウエアで行っている機能のソフトウエアによる実現」

という3つの類型が挙げられていたが、改訂審査基準ではこれらに加えて、

「公知の事象のコンピュータ仮想空間上での再現」、

「出願時の一般知識の応用または変更」、

「技術的効果に寄与しない特徴」

という3つの類型が新たに挙げられた。

三、新興テクノロジー発明に関する審査事例の追加

従来の審査基準においては新興テクノロジー発明に関する事例が当然ながら乏しかった。このため改訂審査基準では、例えばAI関連発明に関して、発明該当性、実施可能要件、進歩性の各判断における参考事例が追加された。更に、改訂審査基準では、IоT関連発明に関する進歩性判断事例が挙げられている他、単に数学方法やビジネスを行う方法であって発明に該当しないとされた参考事例も具体的に挙げられている(なお、事例の一部は、日本の審査基準や審査ハンドブックに挙げられているものと共通する)。新興テクノロジーに係る発明の特許取得に関心のある方にとって、これら事例は大いに参考になると思われる。

四、新たな請求対象

従来の審査基準では、「装置またはシステム」、「コンピュータで読み取り可能な記録媒体」、「コンピュータプログラム(製品)」が、ソフトウェア関連発明における物の発明として既に認められていた。

改訂審査基準では更に、「 データ構造(製品)」が加わった。ここでいうデータ構造とは、データが有する構造によりコンピュータに情報処理を行わせるものである。これにより、ソフトウェア関連発明における物の発明の類型は、計4種類となった。

また、従来の審査基準では、ソフトウェア発明における装置またはシステムの請求項においては、課題を解決する手段を限定するために、ハードウエア資源の各構成要件同士の結合関係を明らかにすると共に、ソフトウェアの各機能がハードウエア資源のどの構成要件により実現されるのかを明らかにすべきとされていた。しかしながら、改訂審査基準のセクション2.2.1.2の註解にて指摘されているように、物の請求項において、発明の特徴がソフトウェアそのものにある場合に、出願人にとっては、ハードウエア資源の各構成要件及びそれらの結合関係によってではなく、ソフトウェアが果たす機能によって発明を限定しようとすることが実務上は多い。この点に鑑みて、改訂審査基準では、物の請求項においては全ての特徴が構造そのものにある必要はなく、その 構造によって達成し得る機能によって発明を限定することができるとの旨が明記された。

五、明確性要件とサポート要件

改訂審査基準のセクション2.2には、「 請求項の記載が不明確とされる場合」と「 明細書の開示により支持される」ことに関する審査基準が明記されている。これは、一般的基準との整合を図ると同時に、ソフトウェア関連発明独自の問題を考慮して定められたものである。このうち、「請求項の記載が不明確とされる場合」に関して、改訂審査基準では6種の類型が示されており、具体的には、

(1)手順を実行するまたは機能を実現する主体が不明確である場合(例えば人であるのかハードウェアであるのかソフトウェアであるのかが不明確)、

(2)発明を限定する技術的特徴が不明確である場合、

(3)請求項の記載そのものが不明確である場合、

(4)発明のカテゴリーが不明確である場合(「物の発明」か「方法の発明」かが特定できない)、

(5)機能的記載(いわゆるミーンズ/ステップ・プラス・ファンクション)に起因して記載が不明確である場合、

(6)発明の構成に欠くことのできない事項が不足している場合

が挙げられている。改訂審査基準では更に、これら全ての類型に対し具体的な事例を挙げて詳しく説明されている。

ソフトウェア関連発明においては、機能的記載で発明を限定することが多いが、請求項の発明が機能的記載のみで限定されている際、どのような場合にサポート要件違反となり得るのかについても、改訂審査基準では言及されている。即ち、請求項における発明特定事項としての機能的記載が、明細書に開示されている特定の方式によって実現できることが当業者にとって明確であっても、そのような機能が明細書に開示されていない他の方式によっては実現し得ないのかどうかが不明確である場合には、そのような機能的記載がある請求項は、明細書により支持されているとは判断されない可能性があるとされている。弊所の経験から申し上げると、上記の点でサポート要件違反とされた場合、その解決方法としては、(1)請求項の発明の範囲を明細書において開示した特定の実施方式に限定するか、あるいは、(2)具体的な実験結果と分析を挙げて、明細書に開示の内容から当業者であれば請求項の発明の範囲まで合理的に拡張ないし一般化できると主張することが考えられる。

もう1つ注目すべき点は、改訂審査基準において、ミーンズ/ステップ・プラス・ファンクション・クレームに関する立証責任がより明確になったことである。改訂審査基準のセクション2.3において、「効率的な先行技術調査のために、審査官は、機能的記載のみで限定された請求の範囲を、記載された機能を達成又は実現し得る任意の装置又はステップを含むものとまず推定解釈して、先行技術文献の検索及び対比を行うことができる」と新たに示された。一方、この推定を覆すために、出願人は、明細書に開示の内容(開示された構造、資源、動作及びこれらの均等範囲)との対応の観点において請求の範囲を明確にした上で、機能的記載のある請求項をミーンズ/ステップ・プラス・ファンクション・クレームとして解釈すべきであることを主張することができる。また、出願人が審査官の推定解釈を受け入れる代わりに、請求項に記載の発明と先行技術とが実質的に区別できることを主張することで、出願人にとって不利な先行技術文献の検索結果を克服することもできる。このような規定の明確化も、審査の統一性と予測可能性の向上に資するものであり、出願人にとって有利な改訂と言えるであろう。

Footnotes

1. https://www.tipo.gov.tw/tw/cp-85-891201-9f474-1.html

2. 専利法 21 条「発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作を指す。」

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