最近、台湾で少々興味深い民事事件があった。新聞報道によると、台北市のあるレストランが、ミシュランガイドの作成に用いられる評価基準や覆面調査員が納得できるものでないとして、当店に覆面調査員を派遣しないようにと、フランスにおけるミシュラン社に英語の弁護士書簡を送付した。ところが、ミシュラン社は、その弁護士書簡に応答しなかったため、当レストランは、覆面調査員の派遣を阻止させようと台北地方裁判所に民事訴訟を提起した。

新聞報道の内容からすれば、レストラン(原告)の主張の大筋は下記のようである。即ち、レストランは覆面調査員にもてなしをする意思がないが、レストランに顧客の身元を識別する術がなく、身元を明かすよう顧客に求めることも不可能であり、食事を済ますまでに覆面調査員が自ら身元と意図を明かすわけもない。この状態では、覆面調査員を入店させ、彼と契約を締結し飲食を提供することを強要される結果となり、ミシュラン社によりレストランの契約締結の自由が侵害されるおそれがある。また、台湾法では、契約締結の自由が人格権を体現するものであるため、台湾民法第18条の人格権に関する規定により、覆面調査員を当レストランに派遣しないことを命じるように裁判所に請求した次第である。

台湾民法第18条第1項は、「人格権が侵害された場合、その侵害を排除することを裁判所に請求することができる。侵害されるおそれがある場合、これを防止することを請求できる」と規定している。仮にレストラン側がもてなしをする意欲がない状態で覆面調査員が入店することが人格権に対する侵害となるとすれば、覆面調査員が入店するか否かは不確かであるので、人格権に対する侵害の排除を請求しようとする場合、人格権が「侵害されるおそれがある」ということを条件としなければならない。

従って、この「侵害されるおそれがある」という条件の存在について、裁判所がどの程度の証明を要請するかが今後、この事件のポイントとなるかもしれない。台湾の全てのレストランにミシュランの覆面調査員が入店する可能性がある上、原告のレストランに絶対入店しないとミシュラン社が明言したことがない以上、理論的には、確かに知らない状態でミシュランの覆面調査員をもてなす可能性(つまり、侵害されるおそれ)があると言ってよい。しかし、裁判所がより具体的な証拠(例えば、かつて原告のレストランに対する評価がミシュランガイドに掲載された事実、覆面調査員がかつて入店した事実、若しくはレストランの高い知名度を証明できる証拠)で証明するように原告に要請する可能性もある。なぜなら、裁判所がより具体的な証拠で証明するように要請しなければ、今後他の多数のレストランが原告に倣い、(競争相手を含む)特定の者の入店を拒否しようということを理由に民事訴訟を提起し、裁判所の負担を増やす可能性があるからである。

新聞報道によると、現在までこの民事訴訟の開廷は一回のみであり、ミシュラン社も裁判所に代理人又は弁護士を立てて出廷させていない。また、ミシュラン社が台湾に拠点がないため、裁判官は開廷の際に、ミシュラン社が台湾において送達受取人がいるかどうかを原告の弁護士に尋ねたようである。

より抽象的な視点からこの事件を観察すれば、裁判所が今後取り扱う紛争の本質は下記のようになると思われる。即ち、業者は契約締結の自由を有する。しかし、通常の場合には、業者は自身のノウハウと経験で顧客を選別し、ある種の特質を持って歓迎されない人(例えば、泣きやまない子供、暴力団員、ドレスコードを守らない人など)を顧客から排除する。そして、歓迎されない人が識別されたら、業者はもとより彼らと契約を締結しない自由を有する。しかし、特殊な状況である種の特質があらわにならず識別することが困難な場合、その特質を持つ人が来ることを制止するよう裁判所に請求する権利が業者にあるのか。より具体的に言えば、この事件の場合、覆面調査員の行為は社会的に許容されるものである上に、ある程度では、消費者の利益を促進する行為であると言ってもよい。このとき、業者が覆面調査員の入店を拒否しようとすれば、契約締結の自由又は人格権の保護範囲が予め覆面調査員の入店を排除することを裁判所に請求できるほど広いと認めてもよいか、それとも、業者が自身の顧客選別の能力・テクニックを向上させるべきであるか。

また、上記の視点から敷衍すると、最近台湾では、新型コロナウイルスの防疫上の必要から、飲食店はQRコードのスキャン、又は個人情報の記載を来店者に要請しており、身分証明書を示すよう入場者に要請する博物館等もある。即ち、このポストコロナ時代では自分の身元を隠すことが益々困難となる上、レストランが各種の口実を作り、来店者に個人情報の提供を要請し、情報を取得してから来店者が覆面調査員であるかどうかを推測する場合が多くなる可能性もあるのであろう。しかし、台湾の個人情報保護法に規定によると、個人情報の収集は特定の目的における必要な範囲を超えてはならないため、防疫を名義にして個人情報を収集したものの、その個人情報を来店者が覆面調査員であるかどうかの識別に用いるのであれば、個人情報保護法に違反するおそれがある。そこで、個人情報に対する解析で歓迎されない来店者を排除しようとすれば、法律、とりわけ個人情報保護法の規定に留意しなければならない。

The content of this article is intended to provide a general guide to the subject matter. Specialist advice should be sought about your specific circumstances.