本稿は、献納原則と禁反言原則が特許クレームの保護範囲に及ぼす制限作用を紹介するとともに、特許出願及び特許無効審判手続の実務における関連する提案を提供するものである。
関連法規:
2015年改正『最高人民法院による特許紛争事件の審理における法律適用に関する若干の規定』決定第17条:
特許法第64条第1項に規定する「発明特許又は実用新案特許権の保護範囲は、そのクレームの内容によるものとし、明細書及び図面はクレームの内容を解釈するために用いられることができる」とは、特許権の保護範囲はクレームに記載された全ての技術的特徴によって確定される範囲によるものであり、当該技術的特徴と均等な特徴によって確定される範囲も含むことを指す。均等な特徴とは、記載された技術的特徴と基本的に同一の手段で、基本的に同一の機能を実現し、基本的に同一の効果を達成し、かつ当該分野の通常の技術者が被疑侵害行為発生時に創造的労働を経ることなく連想し得る特徴を指す。
2009年に制定された『最高人民法院による特許権侵害紛争事件の審理における法律適用に関する若干の問題の解釈』(以下「司法解釈一」という)第5条:
明細書または図面にのみ記載され、クレームに記載されていない技術案について、権利者が特許権侵害紛争事件においてこれを特許権の保護範囲に含めようとする場合、人民法院はこれを支持しない。
2009年に制定された『最高人民法院による特許権侵害紛争事件の審理における法律適用に関する若干の問題の解釈』(以下「司法解釈一」という)第6条:
特許出願人または特許権者が、特許権付与または無効審判手続において、クレームまたは明細書の補正もしくは意見陳述を通じて放棄した技術案について、権利者が特許権侵害紛争事件において再び特許権保護範囲に組み入れた場合、人民法院はこれを支持しない。
均等論の原則は、米国特許侵害裁判の実務から発展した重要な司法原則であり、現在では各国の特許制度に共通する法的原則の一つとなっている。その目的は、被疑侵害者が容易に侵害を免れることを防止し、特許権者の正当な権利を公平に保護することにある。
一方、献納原則(前述の司法解釈一第5条)と禁反言の原則(同第6条)の目的は、いずれも均等論原則の不当な適用を制限し、特許権者の利益を公平に保護することと社会公共の利益を維持することの間に合理的な均衡を実現することにある。
例えば、中国初の医薬品パテントリンケージ訴訟事件〔最高人民法院(2022)最高法知民終905号民事判決書〕において、最高人民法院は係争のジェネリック医薬品が採用した技術案と係争特許の技術方案は均等には該当しないと判決した。さらに同判決では、最高人民法院は明示的に、寄付規則と禁反言規則はいずれも均等論の適用を制限し得るとした。同時に、最高人民法院は、献納原則が保護するのは、特許書類の公示効力に基づいて公衆が生じた合理的な期待であり、特許権者が主観的に献納の意思を有するか否かとは無関係であることを明確にした。
本件判決は、今回の特許法改正で新たに導入された医薬品パテントリンケージ制度の推進・実施において指導的意義を持つが、同時に特許権者が留意すべき点は、本件において献納の原則と禁反言の原則による制限が最終的に特許権者の敗訴につながったことである。
特許出願及び権利確定の過程において、特許出願人または特許権者は、クレームに対する「献納原則」及び「禁反言の原則」の制限作用を十分に認識し、自身に不利となる陳述や補正を避けるべきである。
これに関連し、特許出願及び権利確定の実務において次の点を注意する必要がある。
1.特許請求の範囲と明細書の記載は一致し、かつ明確であること
献納原則は、明細書に開示された技術案と特許権が付与された特許請求の範囲との差異のみを比較し、特許権者が審査過程で行った意見陳述を考慮しない。
明細書または図面にのみ記載され、クレームで保護されていない技術案については、特許権者が当該技術案を社会公衆に「献納」したものとみなされ、特許侵害訴訟において均等論を適用して、既に「献納」された技術案を保護範囲に組み入れ、侵害を主張することはできない。
したがって、特許出願人は特許出願書類を作成する際、クレームの保護範囲が明細書に記載された技術案の対応する表現と一致するか、あるいは合理的な上位概念であることを注意すべきである。
さらに、出願書類で使用される用語、特に非定型的な解釈を伴う用語については、明確な定義/説明を付すとともに、異なる特徴間の上位下位関係について正しい理解を持つべきである。出願書類においては、曖昧性や保護範囲が不明確な特徴の使用を避ける必要がある。例えば、広義と狭義の両方の解釈が存在する特徴については、出願人は明細書において明確な定義/説明を行うべきである。
2.クレームの作成方法に留意すること
無効審判段階におけるクレームの補正方法には制限があることを考慮し、特許出願人は特許出願書類を作成する段階で、異なる保護レベルのクレームを作成すべきであり、各レベルのクレームの保護範囲の概括は包括的であるべきである。
出願書類作成時には、出願人が保護を求める技術案について網羅的な調査を行い、先行技術の全実施形態を把握した上で、各保護レベルの請求項を作成する際には様々な同等代替手段や明らかな変形手段を考慮すべきである。
構造的特徴・構成要素特徴等による限定が困難な一部のクレームについては、機能的特徴による限定を検討することを推奨する。機能的特徴は当該機能を達成可能な全ての実施形態をカバーするが、現在の中国の司法実務において機能的特徴で限定された技術案に対する均等論適用が厳格化されている現状を踏まえ、特許出願人は出願書類作成時に可能な限り多くの実現方法を列挙し、後の侵害訴訟における均等論適用の余地を広く確保すべきである。
3.クレームの補正に関する注意点
審査過程において、特許出願人がクレームを補正する際には、明細書を精読し、クレーム補正過程で明細書に記載された代替技術案を見落とさないよう注意すべきである。特に、限定的補正によってクレームを特定の技術案に焦点を絞る場合、明細書全文に他の類似する並列技術案が存在しないか留意する必要がある。
注意事項:上記判例における最高裁判決が明確にしたように、献納原則が保護するのは特許書類の公示効力に基づく公衆の合理的な予期であり、特許権者の主観的な献納意図とは無関係である。特許権者にそのような意図がなかった場合でも、献納原則の適用に影響はない。
したがって、特許出願人は、補正後のクレーム技術案と先行技術との相違点に留意するだけでなく、明細書中の他の並列技術案が公衆に「提供」される可能性があるか否かも考慮しなければならない。
審査官が審査意見通知書/拒絶決定で指摘した欠陥について、補正以外の方法で克服可能な場合、出願人は審査官と協議し、対応する意見書及び証拠を提出できる。例えば、明細書の支持を欠く技術案については、出願人は実験データの追加等による立証を試みることができる。全ての追加の実験データが採用されるとは限らないが、少なくとも審査官/合議体の審議対象となる。
4.意見陳述の内容に留意すること
禁反言の原則は、クレームの補正や意見陳述の前後におけるクレームの保護範囲の変化を比較する必要がある点で、献納原則とは異なる。
特に留意すべきは、特許出願人が審査過程において、あるいは特許権者が無効審判や訴訟過程において行った解釈が、クレームの保護範囲を限定する作用を持つことである。
特許出願人または特許権者は、新規性/進歩性および/またはサポート/十分な開示などの欠陥を解決するために、クレームなどを過剰に解釈して特定の技術案を排除すること、特に明細書に存在する特定の技術案を意図せず排除することを避けるべきである。
一方、社会一般も上記規則を学び、クレームの理解を文字通りの意味に留めず、明細書全文・出願書類の補正・意見陳述と併せてクレームの最終的な保護範囲を判断し、特許の保護範囲外で自らの利益を確保すべきである。
以上は、献納原則と禁反言の原則がクレームの保護範囲に及ぼす制限作用について、筆者が行った初歩的な紹介に過ぎず、特許出願人/特許権者に対し、特許出願/特許無効審判手続きの実務において、特許出願書類の補正や意見陳述を行う際に考慮すべき点を提供することを意図したものである。
The content of this article is intended to provide a general guide to the subject matter. Specialist advice should be sought about your specific circumstances.