1. EU の企業結合規制におけるサステナビリティに関する検討事項

2023 年 9 月 10 日、欧州委員会(「EC」)の競争総局は、市場画定、競争評価、問題解消措置、「グリー ン」企業のキラー買収への警戒を含む、様々な角度からの EU の企業結合規制におけるサステナビリティへの アプローチを公表しました。EC はさらに、これらのアプローチが最近の企業結合においてどのように適用された かを明示するため、最近の複数の事例について詳述しています。より広い文脈では、「グリーン移行」と EC によ る欧州グリーンディール 1の一環として、気候中立的で資源効率が高く競争力のある経済に移行するといった EC の主要目標が見られます。

市場画定

消費者、企業、社会全体がより強く持続可能な製品とサステナビリティに関連した目標を要求するようになり、 EC は、関連市場を画定する際によりサステナビリティを考慮するようになりました。最近の事例では、EC は、 多くの場合、環境規制、排出量削減目標、グリーン技術及び持続可能な開発といった考慮事項が、他の要因 と組み合わせて、別の市場を生み出しているか、又は少なくともそのような要因が関連する製品及び地理的市 場の画定に影響を与えているかどうかを調査しています。

EC はこれらの新しい市場の実態をケースバイケースで考慮してきました。例えば、Norsk Hydro と Alumetal のケース 2では、EC は、顧客の選好の高まりにより、固体の先進アルミニウム鋳造合金において低 炭素であるという要素が(低炭素ではないアルミニウム鋳造合金とは違って)製品市場の画定レベルで差別化 の要素となっていることを認めましたが、この考えに基づいて独立した製品市場を構成すると決定するまでには 至りませんでした。一方、KPS Capital Partners と Real Alloy Europe のケース 3における EC の審査では、 顧客が、アルミ缶の材料として、非リサイクルのアルミよりもカーボンフットプリントが低く、コストが低いリサイクル のアルミを好むため、ソルトスラグリサイクル市場全体と、廃棄物ゼロ技術のみによるソルトスラグリサイクルの 狭い市場の両方における当事者のポジションについて、個別に競争評価を行うことが正当化されると示されま した。しかし、EC は、それぞれの異なるソルトスラグリサイクルにつき(廃棄物ゼロ技術を使用しているかどうか に応じて)、別の市場を画定するまでには至りませんでした。

競争評価

最近の事例では、EC は、合併当事者とその競争事業者との間の競争の近接性を評価する際に、(製品の 技術仕様の一環としての)二酸化炭素排出量、イノベーション及び R&D(グリーン R&D を含む)能力、環境へ の負荷が少ない製品に対する市場の選好などの要因を考慮しています。

EC はまた、合併がグリーンイノベーションを著しく阻害しないことを保証するために、合併が重複する研究ラ インの中止や、同一の水準又は種類のイノベーションを達成するためのインセンティブ及び能力の低下のリスク をもたらすかどうかを検討することを含め、いわゆる「イノベーション」に関するセオリー・オブ・ハーム(競争阻害 の機序)を追求しています。

合併当事者側からは、サステナビリティへのプラスの影響は、取引から生じる反競争的な損害を補う効率性 として主張される可能性があります。これらの効率性は、必要な基準を満たすために十分に実証されたもので なければならず、消費者に利益をもたらし、合併特有のものかつ検証可能なものでなければならず、原則とし て競争上の懸念がある市場内において効率性が認められる必要があります。これらの基準を満たすことはか なりハードルが高いこととなることが予測されます。Aurubis と Metallo のケース 4では、EC は最終的に、効率 性が向上するという単なる可能性だけでは十分ではなく、効率性の向上が十分に実証されていないという理由 で、当事者から提出された効率性の抗弁を否定しました。

問題解消措置

競争に害がない場合には、EC が企業結合案件に介入することはできませんが、サステナビリティの要因が 競争評価の重要なパラメータとして作用する場合は、このような考慮事項を反映するよう、問題解消措置を設 計する必要が出てくる可能性があります。

Sika と MBCC のケース 5では、EC の調査は、関連製品である化学混合物の地理的市場が EU 域内であ る可能性が高いことを示しました。しかし、合併当事者のようにグローバルな規模で活動する主要な供給事業 者の場合、R&D と重要な原材料の自社生産には国際化する側面がありました。EC は、合併当事者らの強力 な R&D 能力と原材料の自社生産によって、合併当事者らは他の競合会社とは一線を画していると判断しまし た。また、本製品におけるイノベーションは、二酸化炭素排出量の軽減目標を達成するための建設業界の移 行において、その重要性がますます高まっていることも指摘されました。この取引がイノベーション、特にサステ ナビリティへのインセンティブを低下させる可能性があるという EC の懸念に対応するため、最終的な問題解消 措置のパッケージには、(売却事業が合併企業と効果的に競争することを確保するため)グローバルな R&D 施設を含み、EEA 及び他の管轄区域における MBCC の化学混合物事業を売却することが盛り込まれました。 また、同様の懸念から、売却事業の購入者に対しても、とりわけ、購入者が売却事業の R&D に投資し続ける インセンティブを有しなければならないという観点から、一定の条件が設けることが必要になりました。

「グリーン」な企業のキラー買収

競争総局はさらに、EU 加盟国が届出基準を満たさないケースを EC にリファー(審査の付託)することを可 能にする(この見解は現在欧州司法裁判所に上訴されています。 6)、EU の企業結合規則第 22 条を利用し て、EEA 内で売上高がほとんどない、又は全くないグリーンなイノベーターを含んだ買収案件における執行に ついてもギャップを埋めることができることを指摘しました。「再調整された」企業結合規則第 22 条のアプロー チがどのようになるか、またサステナビリティ関連の事例にどのように影響するかは、今後の進展に注視します。

全体として、EC は、企業結合案件に対する執行において、サステナビリティの検討事項を考慮する意欲を 有していると言え、これを行うため、現在の法的枠組みの下で多くのツールを備えています。EC の最近の事例 は、企業に対し、サステナビリティの観点から、移行がどのように EC の審査を受けるか、またそのような懸念に ついてどのように対処するかといった有用な指針を与えています。

2. ビデオゲーム事例における EC の垂直的企業結合に関する判決が一般 裁判所でも支持される

欧州一般裁判所は、2023 年 9 月 27 日の判決で、オンラインゲームプラットフォーム Steam の所有者であ る Valve と 5 つのビデオゲームパブリッシャー(バンダイ、カプコン、Focus Home、Koch Media、ZeniMax)に 対し、特定の EEA 諸国以外での Steam アクティベーションキーのジオブロッキングにより、約 100 本の PC ビ デオゲームのクロスボーダー販売を制限することを目的とした反競争的合意又は共同行為に参加したとして、 合計780万ユーロの制裁金を課すというEC の決定を支持しました。このようなジオブロッキングの慣行により、 ゲームは低価格で販売され、パブリッシャーの販売代理店は特定の EEA 国のユーザーに対するゲームの受 動的販売を行うことを阻止されることとなりました。(EEA 地域内での受動的販売を制限することは、EU 競争 法上、固く禁じられています。)。

一般裁判所は、以下の見解を示しました。

  1. Valve が EEA 諸国間の地域的コントロール機能を導入することを選択し、そのような可能性についてパ ブリッシャーに通知したこと、ビデオゲームをジオブロックするといったパブリッシャーの要求に応じたこと、 ジオブロックが並行輸入を妨げるものであると認識していないはずがないこと、その目的のためにジオブ ロックの利用を奨励したこと、このような慣行から距離を置かなかったこと、といった事実に鑑みると、 Valve とパブリッシャーの間に、EEA 地域内での消極的販売を制限するための意思の一致があり、結果 として合意又は共同行為が存在していたと EC が結論づけたことは正しかった。
  2. 違反を立証するために EC が依拠した一連の証拠は、全体として、確固としたものであり、正確性かつ 一貫性がある。
  3. 基本的に当該合意又は共同行為には反競争的な目的があるという事実を裏付けるのに十分な確固と した、信頼できる経験があるという EC の結論は誤りではなく、したがって、かかる合意又は共同行為の 影響を調査する必要がない。
  4. 当該合意又は共同行為の法的又は経済的文脈において、これらが競争を阻害しないという結論を裏 付ける状況は存在しなかった。特に、(i)ジオブロックは、パブリッシャーの著作権の保護といった目的を 追求しておらず、売上やより高いロイヤルティーを堅持するために並行輸入を除外するために利用され たため、著作権によって問題行為は正当化されず、(ii)Valve が主張した競争促進的効果は一般的な 限度にとどまり、立証されなかった。

3. EC は、デジタル市場法に基づく最初のゲートキーパーを指名

過去の EU Law Newsletter7でも紹介しているデジタル市場法(「DMA」)は、EU デジタル市場をより公平で 競争しやすいものにするための EU の最近の規制上の試みです。コア・プラットフォーム・サービスを提供する 大規模なデジタル・プラットフォームを「ゲートキーパー」として特定し、DMA に記載されている遵守事項及び禁 止事項(dos and don't)(「本義務」)を遵守することを義務付けます。

DMA は 2022 年 11 月 1 日に施行され、2023 年 5 月 2 日に適用されました。ゲートキーパーの指定につ いては、DMA は、売上高とエンドユーザー数に関する一定の定性的要件と定量的基準を設定し、定量的基 準を超えるプラットフォームサービス提供者である潜在的なゲートキーパーに対しては、DMA の適用日又はコ アプラットフォームサービスがこれらの基準を超えてから 2 か月以内に EC に状況を通知し、関連情報を提出 することを要求しています。潜在的なゲートキーパーはまた、定量的基準を超えても、自身が提供する特定の サービスが定性的要件を満たしていないことを示すために、通知とともに論拠を提出することができます。EC はその後、特定の事業をゲートキーパーとして定義するかどうかについて、45 営業日以内に決定します。サー ビスがすべての定量的基準を満たしていない場合でも、EC は、市場調査の結果、サービスが定性的要件を 満たしていることが判明した場合には、プロバイダーをゲートキーパーとして指定することができます。

2023年 9月5日、EC は、ゲートキーパーとコアプラットフォームサービスの最初のグループを指定しました。 これらは、Alphabet(Google マップ、Google Play、Google ショッピング、Google 検索、YouTube、Google Android、Google Chrome、Google(広告))、Amazon(Amazon マーケットプレイス及び Amazon(広告))、 Apple ( App Store 、 iOS 、 Safari ) 、 ByteDance ( TikTok ) 、 Meta ( Meta Marketplace 、 Facebook 、 Instagram、WhatsApp、Messenger、Meta(広告))、Microsoft(LinkedIn 及び Windows PC OS)です。 EC は、Alphabet、Microsoft、Samsung による、定量的基準を超える Gmail、Outlook、Samsung Internet Browser のサービスはそれぞれのコアプラットフォームサービスのゲートウェイとして適格ではないという主張を 受け入れました。EC は、Microsoft の Bing、Edge、Microsoft Advertising、及び Apple の iMessage につい て、これらのサービスがゲートウェイとして適格かどうかをさらに評価するための市場調査を開始しました。また、 EC は、定量的基準を満たしていないにもかかわらず、Apple の iPad OS に関する調査を開始しました。

特定されたゲートキーパーは、2024 年 3 月までに本義務を完全に遵守しなければなりません。これらの義 務には、サードパーティサービスとの相互運用を許可すること、エンドユーザーがゲートキーパーのプラットフォ ーム外のビジネスにリンクできるようにすること、プレインストールアプリをアンインストールできるようにすること、 効果的な同意なしにターゲット広告目的でゲートキーパーのプラットフォーム外のエンドユーザーを追跡しない ことなどが含まれます。これに従わない場合、ゲートキーパーは世界中の売上全体の最大 10%の制裁金を科 せられます。違反が繰り返された場合は最大 20%の制裁金が課せられます。

4. 最近の論文・書籍のご紹介

  • Merger Remedies Guide - Fifth Edition (Japan chapter)
    2023 年 11 月(著者: バシリ ムシス、臼杵 善治、矢上 浄子)
  • 'Chambers Global Practice Guides' on Cartels 2023 - Law & Practice
    2023 年 6 月(著者: 江崎 滋恒、バシリ ムシス、臼杵 善治、石田 健
  • Market Intelligence -CARTELS IN JAPAN- 2023
    2023 年 4 月(著者: 江崎 滋恒、バシリ ムシス、石田 健)

Footnotes

1. The European Green Deal (欧州のグリーンディール)(europa.eu)

2. M.10658 Norsk Hydro/Alumetal、 2023 年 5 月 4 日プレスリリース

3. Case M.10702 – KPS CAPITAL PARTNERS / REAL ALLOY EUROPE, 19/10/2022

4. CASE M.9409 – AURUBIS / METALLO GROUP HOLDING, 4/5/2020

5 M.10560 Sika/MBCC、2023 年 2 月 8 日プレスリリース

6. この件につきましては、AMT の EU Law Newsletter の 2022 年 12 月号(Issue 14)及び 2023 年 3 月号 (Issue 15)をご参照ください。

7. この件につきましては、AMT の EU Law Newsletter の 2022 年 3 月号(Issue 11)及び 2022 年 8 月号(Issue 13)をご参照ください。

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