はじめに

最近、イギリス(United Kingdom、以下同じ)最高裁判所のある判決では、破産した会社または破産に近い会社の取締役が債権者の利益を考慮に入れる義務が明確になりました。 BTI 2014 LLC v Sequana SA  [2022] UKSC 25はイギリスの会社法に関連していますが、英連邦全体、特にオフショア法域での破産における取締役義務についての解釈などに、広範囲にわたる影響を及ぼします。

Sequana

コモンロー、2006年の会社法とも、会社の成功を促進するために誠実に行動する義務を会社の取締役に課しています。従来の見解では、会社の利益は株主の利益と同義であると扱われていました。しかし、ここ数十年の法律では、会社が破産に近づいたり、支払能力がなくなったりすると、債権者の利益が会社の経営陣によって左右される可能性があることを認め始めました。したがって、法律は取締役に、破産における会社に受託者責任を果たす際に、債権者の利益を考慮する義務を課し始めました。 ウェスト・マーシア・ルール( West Mercia Safetywear Ltd (in liquidation) v Dodd [1988] BCLC 250から生じた)として知られるこの規則は、判例法での説明に一貫性がなく、裁判所が用いた文言も、規則自体の性質と適用状況についての混乱を生みました。

最高裁判所はSequanaで、いわゆる West Merciaの規則によって債権者に対する新しい取締役義務が生じるわけではなく、「債権者義務」という言葉が広く使用されていても、別々で執行できる「債権者義務」はないと判断しました。ウェスト・マーシア・ルールは、取締役の会社に対する義務を従来の解釈より調整しただけです。会社が財務的に安定である限り、会社の成功を促進する取締役義務は、株主の利益を含んでいます。ただし、会社が(キャッシュフローまたは貸借対照表のいずれかで)破産に至ったまたは破産が迫っている場合、取締役は会社に対する職務を遂行する際に、債権者と株主の利益を考慮し始める必要があり、両方の利益を計って検討しないといけません。当然として、この時点で会社はまだ苦境から抜け出す方法を見付ける可能性があります。しかし、会社が破産して清算がやむを得なくなると、債権者利益は株主利益よりも優先的になります。

ウェスト・マーシア・ルールは、会社の経済利益の移転に伴って株主・債権者の間でのリスク分散を前提としています。会社が支払能力を持っている限り、経営陣の行動によって発生するリスクは、株式の価値または分配が下落していくと見込める株主が負担しますが、会社が破産に近付くと、リスクの全てか多くは、債権者が負担するようになってしまいます。

そのため、West Merciaは今の厳しい市場において、イギリス企業の取締役が心に留めておくべきの重要な判決であります。

この判決に注意点があと二つあります。一:裁判所は、会社が支払不能であったこともしくは破産清算が避けられないことを、取締役は知っていたか知るべきであったのかを検証しなければならないのかについて、何も述べていませんでした。ただし、 Sequana では、取締役が会社の支払能力を定期的に見直すことを勧められました。二:裁判所は、取締役の会社に負っている義務は変わらないと明らかにしました。破産清算において、債権者の利益を考慮すべきところ、それができない場合、これは債権者ではなく会社に対する義務不履行となります。債権者自身はその義務違反を訴えることはできず、会社かその清算人(破産した場合)のみにそういう権利があります。

最後に、最高裁判所は、取締役の会社が破産したときにした義務違反と会社を破産させてしまった行動を、株主が遡及的に批准することは許可しないと全会一致で決定しました。これは、会社が財務的に安定しているとき、取締役が会社に対する受託者責任を違反しそうな行動を取ったとしても、株主は追って批准できるのと違ったため、とても重要な決定になります。

英領ヴァージン諸島

英領バージン諸島( BVI)では、取締役の会社に対する職務は、2004年のBVI事業会社法第120章に準拠しています。この章は、イギリス会社法の相応する章と著しく異なります。BVIでは、取締役は会社の利益のために誠実に行動する義務がありますが、イギリスの法律と違って、取締役義務を果たす際に利益の考慮に含めなければならない株主や従業員などの利害関係者のリストは含まれていません。

BVIでは、会社が他社の完全子会社である場合や、部分子会社(他の株主が同意する限り)である場合、または株主間の合弁事業である場合、会社の利益のために誠実に行動するという取締役義務を廃止することは、不可能ではありません。様々な状況であれ、例えば、親会社の利益を優先するか、どれか特定の株主(大体、その取締役を任命した株主)の利益を優先することがあります。すぐにも分かるように、これは会社に債権者がいる場合や、支払能力を失った場合、または破産に近付いている場合に、困難をもたらします。会社の取締役が親会社または株主の一人か一部の利益のために行動している場合、ウェスト・マーシア・ルールがどのように適用されるのか(または適用されるかどうか)は、いまだに明らかではありません。

最高裁判所はSequanaを以て、ウェスト・マーシア・ルールがコモンローの問題に発展してきた経緯と、2006年のイギリス会社法改定を生き抜いたどうかを、詳細まで調べました。東カリブ海裁判所によるウェスト・マーシア・ルールの詳細な分析は行われておらず、法律がだいぶ異なっているところにも、たとえBVIのコモンローに存在していても、2004年のBVI事業会社法改定を生き抜いたかどうかという、疑問符があるかもしれません。

BVI裁判所はイギリス裁判所、特にイギリス最高裁判所の決定に従うことがよくありますが、これらの決定には法的拘束力がありません。2004年のBVI事業会社法第120章の文脈から見ると、 Sequanaの判決の見地をBVI法と調和させることは困難です。2004年のBVI事業会社法第120章に、BVI会社の取締役は破産のときに債権者利益を考慮しなければならないという規則を含めれば良いと思われがちですが、同じ第120章の子会社・合弁事業についての例外と両立させることは難しいです。ウェスト・マーシア・ルールはBVI の子会社・合弁事業には適用できそうですが、BVIの立法機関が、はっきりと説明もしないまま、ある種類の企業の債権者に対してコモンローの保護を意図的に剥奪することは、とても想像できません。

BVI商事裁判所が、2004年のBVI事業会社法の文脈において、 Sequana判決をどのように扱うかについてはまだ定かではありません。イギリスの会社が破産に直面した時の取締役義務を明確化したという点で重要な判決ではありますが、BVI法へどのような影響を与えるのかについては、同様の問題を扱うBVIの判決が出るまで待つ必要があるでしょう。BVIの観点からすると、まだ多くの問題が残っています。BVI会社の取締役は、万が一会社が財政難に近付いたり陥ったりする場合、第120章に基づく義務について、必ず弁護士アドバイスを求めて確認することをお勧めします。

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