今月は、定年後再雇用における労働条件引き下げについて解説します。

令和3年4月1日施行の高年齢者雇用安定法では、65歳までの雇用確保義務と70歳までの就業確保努力義務が定められています。各企業では、70歳までの就業確保に向けて、高年齢者雇用制度の再構築が検討されているところであると思われます。

ところで、高年齢者の雇用確保・就業確保の方法として、多くの企業では有期雇用契約による継続雇用制度が採用されています。本稿では、継続雇用制度において契約更新時に労働条件の変更が無制限に認められるのか、特に、再雇用後の業務の変化や能力の衰えに応じて、労働条件を無制限に引き下げることができるのか、また、労働者が変更後の労働条件を拒否した場合はそのまま契約を終了してもよいのか、といった点について説明します。

 

1.労働者による労働条件変更拒否の場合の雇止め法理適用の有無

有期労働契約の更新を使用者が拒否することを「雇止め」といいます。雇止めは、労働者保護の観点から、一定の場合に無効とされ、労働契約が締結または更新されたものとみなされます(いわゆる「雇止め法理」、労働契約法19条)。

雇止め法理では、使用者が労働者による雇用契約の申込みを拒否したことが適用の要件とされていますが、更新時に、使用者が従前と異なる労働条件を提示し、労働者がこれを拒否して契約が更新されなかった場合も、「使用者による更新拒絶」と認められ、雇止め法理が適用されます。

これは、使用者の従前と異なる労働条件を労働者が拒否した結果、契約が更新されない場合であっても、これは、労働者による従前と同一の労働条件(または、労働者の希望する労働条件)による更新申込みを使用者が拒絶し、新たな労働条件の提案を行うことによって労働者の申込みを拒絶したものと認められることから、雇止め法理の適用要件である「使用者による更新拒絶」を満たしていると解することができるためです(荒木尚志、菅野和夫、山川隆一「詳説 労働契約法[第2版]」221頁参照)。

例えば、ドコモ・サービス事件(東京地判平22.3.30労働判例1010.51)は、携帯電話の料金の回収代行に関する業務等を行う会社が、契約期間1年の有期雇用契約を締結して料金回収業務を担当していた労働者に対し、①従来のインセンティブ給制度の廃止の受け入れ、②インセンティブ給制度を継続するが契約更新を1年に限る、③契約を更新せずに期間満了による雇用契約終了、のいずれかを選択するよう告げたが、当該労働者がいずれも拒否したため、契約期間満了により雇用契約を終了したという事案です。裁判所は、パート従業員時代も含めると通算雇用期間が10年以上となること、また、同じ雇用形態の者で意思に反して契約を更新されなかった者がいないこと等から、当該労働者には継続雇用に対する期待が生じているとして、解雇権濫用法理を類推適用(雇止め法理の適用)し、雇止めを無効と判断しました。

会社は、労働者が労働条件の変更に合意せずに期間満了に至った場合は解雇権濫用法理の類推適用(現在の雇止め法理の適用)の余地は無いと主張しましたが、裁判所は、「(会社の考え方によれば)労働者は、労働条件の変更に当たって、それがいかに不合理なものであっても、これに合意しなければ雇止めを受ける危険を負わざるを得ないことになるが、このような結論は、不当であることが明らかである」と述べています。

したがって、使用者は、契約更新に際して、自由に労働条件を不利益変更できるわけではなく、労働者が変更後の労働条件による更新を拒絶した場合、雇止め法理の適用によって、従前と同様の条件により契約が更新されたものとみなされる可能性があります。

 

2.定年後継続雇用後における労働条件変更

(1)考え方

定年後継続雇用時には、定年退職前の労働条件等が当然に保障されるものではないため、賃金体系や職務内容の変更に伴い、賃金等の労働条件を引き下げることも一般的に許容されます。

他方、労働条件の引き下げが、継続雇用後、契約更新時に行われた場合、労働条件の引き下げに合意しない労働者の契約を更新せずに雇止めすることができるのか、このような場合にも雇止め法理の適用があるのかが問題となります。

具体的には、

①労働者による労働条件変更拒否が「使用者による更新拒絶」と認められるか

②継続雇用が実質的に無期雇用と同視できる状態になっている、または、労働者に継続雇用に対する合理的期待が認められるといった事情があるか

③雇止め法理の適用がある場合に、雇止めに客観的合理的理由と社会通念上の相当性が認められるか

が問題となります。

まず、①については、上記1.で述べたように、労働者による労働条件変更拒否の場合であっても、「使用者による更新拒絶」に該当すると解することができます。

次に、②については、高年齢者雇用安定法では65歳までの安定雇用確保が義務付けられている(同法9条、令和3年4月1日以降は、70歳までの就業確保が努力義務とされます。)こと等からすると、少なくとも、65歳までの継続雇用に対する合理的期待が認められるものと考えられます。

そして、③については、使用者の提示した労働条件の合理性、相当性を含めて、雇止めの合理的理由の有無及び相当性が検討されます。

(2)裁判例(テヅカ事件 福岡地判令2.3.19 労働判例1230.87)

定年後継続雇用を2回更新した後に雇止めをしようとしたところ、労働者が組合に加入したため、引き下げた労働条件を提示したが合意に至らず、結局、雇止めをしたという事案です(時系列は下記表のとおり)。本件でも、労働者が変更された労働条件を拒否した結果、雇止めをされていることから、雇止め法理の適用の可否が問題となりました。裁判所は、雇止め法理(労働契約法19条)の適用の有無は同条所定の要件を満たすか否かという点で検討されるべきであると述べ、①労働者が一貫して雇用契約の更新を申し込んでいること、及び、会社が自らの提示する労働条件であれば更新に応ずるとの意思を示し、労働者の提案した労働条件を承諾しなかったことからすると、会社が労働者の更新申込みを拒絶したものと認められる、また、②継続雇用制度における65歳までの更新期待に合理的理由が認められるとして、雇止め法理を適用しました。

そのうえで、③人件費削減の必要があったとしても、会社が当該労働者に提示した条件は具体的妥当性・合理性を有するものであったとまでは認められず、これを承諾しなかった当該労働者の対応が不当であるとも認められないことから、会社による更新拒絶には、客観的合理的理由と社会通念上相当性が認められないとして、雇止めを無効と判断しました。

なお、同事案では、雇止めが無効とされた結果、当該雇用契約は従前と同一の労働条件で更新したものとみなされると判断されています。この点について、裁判所は、労働契約法19条2項における「更新前と同一の労働条件」の意味に、「例えば、継続雇用後の賃金の減額割合やいわゆる役職定年等の労働条件に従った更新」という理解をすることもあり得ないとはいえないと述べています。

使用者としては、定年後再雇用時に労働条件を引き下げる際には、具体的妥当性・合理性を有する範囲で行うこと、また、あらかじめ、賃金規程等に労働条件引き下げの基準を規定しておくことが望ましいといえます。

 

<時系列>

平成19年5月23日

・・・

平成24年7月

平成27年9月

 

 

平成28年3月20日

平成29年3月20日

 

同月頃

同年8月頃

 

平成30年2月5日

 

同年3月13日

 

同月15日

 

同月19日

 

Y会社再生手続開始決定

 

X入社(当時57歳)

X定年退職

X継続雇用(役職(総務部長)、賃金額(45万7000円)等変わらず。

X、1回目契約更新

X、2回目契約更新

 

Y会社、再生計画に従った再生債権の弁済の目途が立たなくなり、滞納していた社会保険料が1000万円程度に達する。

Y会社の社会保険料滞納が取引先に明らかになったのはXの所為であるとして、Y会社の代表であるZが激怒。

ZがXに対して契約更新に際し給与を大幅に引き下げることを伝えたところ、Xが労働組合に加入すると述べたため、ZがXに対して雇止めを通知。

団体交渉において、Y会社が、労働組合に対して、勤務内容をサービス課事務員及び倉庫係、給与を日給8000円、契約期間を6ヶ月とする労働条件を提示。

団体交渉において、Y会社が、労働組合に対して、勤務内容をサービス課事務員及び倉庫係、給与を月額19万5000円とする労働条件を提示。労働組合はこれを拒否。

Y会社がXに対して再び雇止めを通知。

 

以上

The content of this article is intended to provide a general guide to the subject matter. Specialist advice should be sought about your specific circumstances.